相良義陽

さがらよしひ ( sagara-yoshihi )
1544 〜 1581


相良義陽 年表



相良義陽。父は肥後国人吉城主の晴広
1555年、祖父の上村頼興に後見されて跡を継ぐ。 1556年、相良義陽は菱刈氏と共謀して大隈国大口城を奪い、 球磨、葦北、八代と共に支配するが、1557年に祖父が没すると、父の弟、 上村頼孝が家督相続を主張して他の弟二人と謀反。1559年に謀反を鎮圧し、 名和氏菱刈氏と争う。
相良義陽は1567年、水俣城にて頼孝を誅殺。 日向国の伊東氏と結ぶと次第に島津氏との関係が悪化。 1568年大口城に攻め寄せる島津軍を撃退するが、 1569年に大敗。1581年水俣城を包囲され、葦北郡の割譲と、子を人質に差し出して降伏。同年阿蘇氏攻めを命じられて相良義陽は響野原に出陣。 盟友、甲斐宗運と対峙し、一切退却せず討死してしまう。

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