斎村政広

さいむらまさひろ ( saimura-masahiro )
1562 〜 1600


斎村政広 年表



斎村政広。父は播磨国龍野城主、赤松政秀
初名を赤松広秀といい、父や兄の没後に家督を相続。羽柴秀吉に従い、 1583年賤ヶ岳の戦い1584年小牧、長久手の戦いなどに従軍し、 1586年、但馬国竹田城主となり二万二千石を与えられ、 1587年九州征伐1590年小田原征伐1592年文禄の役にも従軍する。
1600年関ヶ原の戦いでは西軍に属し、 丹後国田辺城を攻撃するが、本戦で西軍が敗れて東軍に寝返るのだが、 因幡国鳥取城を攻める際に亀井茲矩の策で城下を焼き討ち。 この焼き討ちが原因で斎村政広だけが徳川家康から切腹を命じられてしまう。
茲矩が罪を擦り付けたという説がある。

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