斎藤道三

さいとうどうさん ( saito-dosan )
1494 〜 1556


斎藤道三 年表



斎藤道三。美濃国稲葉山城主松波基宗の庶子。
「蝮(マムシ)「織田信長の義父」
として有名。斎藤道三は山城の国に生まれ、幼少の頃仏門に入るが、還俗して山崎屋として灯油を商う商人となり、 1521〜1528年に美濃守護、 土岐氏の老臣長井氏のもとに出入りする。当時の名称は松波庄五郎。
その頃に土岐頼芸に気に入られ、 長井氏の家老職、西村氏を継いで西村勘九郎と名乗り、 1527年に当時の美濃守護、土岐頼武を追放し、 弟の頼芸を美濃守護に擁立。 その後、1530年長井利安を殺害。長井規秀と名乗り小守護代となると、 1538年に守護代の斎藤氏を継ぎ、斎藤利政と名乗る。 その四年後の1542年頼芸を尾張に追放し、美濃一国を乗っ取る。
1547年、 尾張の織田信秀頼芸を擁し、 稲葉城下まで迫るが、斎藤道三はこれを退け織田氏と講和 (頼芸はこれを機に美濃に戻る)翌1548年、 斎藤道三は娘の濃姫信秀の子、 信長に嫁がせ、 1552年信秀の没後、 斎藤道三は土岐氏を再度美濃から追い出す。
1556年、 以前から頼芸の子と噂の長子、斎藤義龍。 道三が正室の子に家督を譲ったため謀反。道三の二人の子は前年1555年に殺され、 長良川の戦いにて義龍と争い、敗死してしまう。

他の戦国武将歴史年表を探す


楽天で斎藤道三 グッズ

斎藤道三 グッズ

斎藤道三