酒井忠次

さかいただつぐ ( sakai-tadatsugu )
1527 〜 1596


酒井忠次 年表



酒井忠次。父は忠親。 三河国の松平氏に仕える。徳川四天王の筆頭。
はじめ松平広忠に仕え、 幼少期の徳川家康が人質として今川家に赴く際に同行。 1560年桶狭間の戦いの後、 家康が岡崎城で独立すると、家老となる。 この頃に酒井忠次は広忠の妹、碓井姫を正室に迎え、 1563年三河一向一揆との戦などに従軍。 三河国統一後、酒井忠次は吉田城主となり、東三河の旗頭に任じられる(西三河は石川家成)
それからは1570年姉川の戦いや、 1572年三方ヶ原の戦い1575年長篠の戦いなどの主な戦いに従軍するが、 1579年家康の嫡男、 松平信康の容疑を織田信長に弁明しようとするが失敗。 信康は切腹させられてしまう。
1584年小牧、長久手の戦いにも従軍。 1586年に酒井忠次は従四位下、左衛門督に叙任され、 1588年、子の家次に家督を譲り隠居する。

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