真田幸隆

さなだゆきたか ( sanada-yukitaka )
1513 〜 1574


真田幸隆 年表



真田幸隆。信濃国小県郡の滋野一族。
1541年、甲斐国の武田信虎が、 諏訪頼重村上義清と結んで小県に侵攻。 これに敗れて上野国箕輪城主、長野業正を頼る。
同年信虎が子の武田晴信に追放され、 のち武田氏に招かれて仕え、佐久の旧領を回復。 信濃先方衆として調略などを行い村上氏と争う。1553年村上氏が越後国の長尾景虎 (上杉謙信)を頼り逃れると、長尾氏と争い、 晴信が出家して信玄と名乗ると剃髪して一徳斎と号し、 1561年第四次川中島の戦いにも従軍。 それからも真田幸隆は上杉氏に属する信濃や上野の国の城を落として戦功を重ね、 1567年、長男の信綱に家督を譲り隠居。 1574年に病没してしまう。

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