佐竹義宣

さたけよしのぶ ( satake-yoshinobu )
1570 〜 1633


佐竹義宣 年表



佐竹義宣。常陸国太田城主、義重の長男。母は伊達晴宗の娘。
1590年豊臣秀吉小田原征伐に参陣。 戦後、常陸、下野の国から約二十一万石を安堵される。
父が水戸城の江戸氏を攻略すると居城とし、 大掾氏と一族や国人衆の南方三十三館を謀殺して領土拡大。 1592年文禄の役にて肥前国名護屋城に在陣。 1594年の伏見城の普請を担うなどして功を重ねて五十四万石与えられる。
1600年会津征伐関ヶ原の戦いではどっちつかずな態度をとり1602年、 出羽国秋田二十万石に減封。久保田城を居城とし、 渋江政光など能力あるものを登用して内政に励むが、家老らが反発。 政光どころか佐竹義宣まで暗殺しようと画策したため家老らを粛清する。 1614年大坂冬の陣にて多大な活躍を見せ、 佐竹義宣らの評価が大いに高まる。

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