柴田勝家

しばたかついえ ( shibata-katsuie )
???? 〜 1583


柴田勝家 年表



柴田勝家。「瓶割り柴田」「鬼柴田」とも呼ばれる。 はじめ織田信長の弟信行の家臣で、 林通勝信長廃嫡を狙う。
柴田勝家は1556年八月稲生合戦信長に破れ降伏。 1557年には信行の反乱を事前に知らせ、 勝家は以後信長の直臣となる。 勝家は信長の多くの戦で先鋒を、退却時には殿軍を務め、 1570年六月近江長光寺城での籠城戦では、 城内に残る水瓶をすべて打ち砕いて部下を鼓舞し勝利する
「瓶割り柴田」「鬼柴田」
の逸話もある。
1575年九月に越前平定を成すと、勝家は同国を与えられ、 前田利家佐々成政などを与力とし、北陸方面を統括。 加賀一向一揆鎮圧し、能登、越中に侵攻し、上杉景勝と争う。
本能寺の変後の清洲会議で信長の三男信孝擁立をはかるが、 羽柴秀吉に主導権を握られる。 信長の妹お市を妻に迎えた勝家は、 1583年四月信孝滝川一益と結び、 秀吉打倒を目指し、北近江に進出。 当時岐阜城の信孝攻めから引き返した秀吉賤ヶ岳で戦うが敗れ、数日後居城北庄城で自刃する。

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