島津歳久

しまづとしひさ ( shimadu-toshihisa )
1537 〜 1592


島津歳久 年表



島津歳久。第十五代、貴久の三男。 兄に義久義弘。弟に家久
島津歳久は智将として知られ、主に参謀として活躍。対立する薩摩国の国人、 祁答院氏の衰退により近隣の豪族を従わせると1570年、祁答院領を治める。 1580年には一万八千石を領するようになり、1584年、 薩州家の義虎の子、忠隣を婿養子に迎えるが、 1587年豊臣秀吉の軍との根白坂の戦いで戦没。 家中が和睦に傾く中で抗戦を主張して最後まで抵抗。
1592年文禄の役には病気を理由に出陣せず、 同年、肥後国で梅北一揆が起こると島津歳久の家臣の多くが参加。 秀吉の怒りを買い、義久に討伐の命が下ると、自害する。
婿の没後は孫の常久を養育。日置家三代目として存続。 島津歳久は領内を良く治め、家臣の信頼が厚かったという。

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