十河存保

そごうまさやす ( sogou-masayasu )
1554 〜 1586


十河存保 年表



十河存保。父は三好義賢。兄に三好長治
1561年に父の弟、一存が病没してしまい、養子となって家督を継ぐ。 四国では土佐国の長宗我部元親の勢力が拡大。 それに反して三好氏は兄の強権政治により功臣、篠原長房と対立。 1573年、 十河存保は兄の命により上桜城を攻めて長房を討つが、 これにより讃岐や阿波の国で家臣が離反していく。
1577年、 兄が細川真之と争い戦没すると十河存保は三好家臣から擁立されて阿波国勝端城に入城。 十河存保は讃岐や阿波の国人をまとめ、 織田信長の助力を得て長宗我部氏に対するが、 1582年本能寺の変により信長が没してしまい後盾を失うと、 次第に劣勢となり虎丸城に逃れ、一度は撤退させるも1584年に再度攻められて落城。
十河存保は豊臣秀吉を頼り、 1585年四国征伐に協力。 讃岐国に三万石与えられれて旧領を安堵されるが、 1586年九州征伐に従軍。 戸次川の戦いにて戦死してしまう。

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