立花道雪

たちばなどうせつ ( tachibana-dosetsu )
1513 〜 1585


立花道雪 年表



立花道雪。大友氏に仕え、名は戸次鑑連。 父は戸次親家1526年に家督を継ぐ。
鑑連は1550年二階崩れの変から 大友義鎮(宗麟)に従い、 敵対する入田親誠を誅伐。 また戸次の家督を養子鎮連に譲り、 1557年には秋月文種を討つ。
1561年からは大友義鎮の加判衆となり、旧大内領制圧に出陣。 1565年立花鑑載の反乱を鎮圧し、 その後豊前、筑前に侵入する毛利氏と対陣。 1568年には毛利氏と通じる高橋鑑種立花鑑載が反すると、鑑連は鑑載を討つ。 さらに翌年には龍造寺軍。そして毛利軍と対陣する。
1571年に立花氏を継ぎ、立花城西城督に就任。 名を立花道雪と変え、道雪は大友氏の筑前支配を代行するようになり、 1575年ァ千代に家督を譲り、各地を転戦。 1580年耳川敗戦後、 大友氏への離反を恐れる道雪は「九カ条の檄文」を送り、 翌1581年道雪は高橋紹運 の子統虎(宗茂)を婿に迎える。
その後も大友氏と共に生きる道雪だが、 1585年猫尾城攻めの高良山在陣中に発病。 そのまま九月に亡くなってしまう。

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