立花宗茂

たちばなむねしげ ( tachibana-muneshige )
1567 〜 1642


立花宗茂 年表



立花宗茂。高橋紹雲の長男、高橋統虎。弟に直次。 豊後国の大友氏に仕える。
1581年、父は断るが、嫡子のいない道雪に何度も請われ、 ァ千代を妻とし娘婿となる。
父らと共に筑前国を中心に各地を転戦。 1585年道雪が没すると跡を継ぐ。 島津氏が筑前国に侵攻してくると宗茂は立花城で徹底抗戦。 多くの敵を討ち取り、撤退する島津氏を追撃して岩屋城、宝満城を奪取。 豊臣秀吉九州征伐にも加わり活躍。筑後国柳川に十三万石与えられる。
1587年肥後国人一揆を討伐。 1590年小田原征伐に従軍。 1592年からの朝鮮派兵小早川隆景に属して渡海。 転戦して活躍。1600年関ヶ原の戦いでは西軍に属し、 近江国大津城を攻めて奮戦するが、本戦が敗退し、改易。
浪人となり1604年本多忠勝の推挙によりのち陸奥国棚倉に一万石与えられる。立花宗茂はその後も加増され、 1614年からの大坂の陣に従軍。 1620年、柳川に移封されて旧領回復。 立花宗茂は1637年島原の乱にも従軍する。
立花宗茂は秀吉から 「東の本多忠勝、西の立花宗茂」「日本無双の勇将」などと称される。

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