多賀秀種

たがひでたね ( taga-hidetane )
1565 〜 1616


多賀秀種 年表



多賀秀種。堀秀重の二男。兄に堀秀政
近江国の多賀貞能の娘を娶り婿養子となるが、1582年本能寺の変にて明智光秀に与して改易。 秀種は兄に仕えて八千石まで与えられる。
秀政の没後は豊臣秀長豊臣秀吉と仕え、大和国神楽岡城主として二万石与えられ、 1584年小牧、長久手の戦い1590年小田原征伐1592年文禄の役1597年慶長の役などに従軍するが、 1600年関ヶ原の戦いにて西軍に属し、 近江国大津城攻めに参陣して改易。 秀政の子の堀秀治を頼るが、1610年、 その子の堀忠俊の代にお家騒動が起こり改易されると、1615年、 多賀秀種は前田利常に仕えて大坂の陣にて功をあげる。

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