太原雪斎

たいげんせっさい ( taigen-sessai )
1496 〜 1555


太原雪斎 年表



太原雪斎。僧侶。崇孚とも。今川義元の軍師として有名。 太原雪斎の父は庵原氏。母は興津氏
太原雪斎ははじめ九英承菊と名乗り、 四歳で善得寺に入る梅岳承芳(義元)の教育係を務める。 更に建仁寺や妙心寺にて修行し、再び善得寺に入る。
1536年花倉の乱という後継者争いが起こると、 太原雪斎は承芳を補佐して玄広恵探を破って当主に就かせ、 軍師として政治に軍事にと活躍。 義元武田信虎の娘を正室に迎えさせ、 子の武田晴信三条の方を紹介。 敵対中の武田氏と婚姻関係による同盟を結び、 1545年には臨済寺を開寺して太原雪斎は二世住職となる。 尾張国の織田信秀と争い、 1548年小豆坂の戦いで勝利。1549年、 三河国安祥城を攻めて織田信広を捕え、 捕らわれの身の松平竹千代(徳川家康)を取り戻す。
1550年には妙心寺の第三十五世住職に就任。 太原雪斎は北条氏も交える三国同盟締結や、分国法の今川仮名目録の制定に尽力する。

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