高橋紹雲

たかはしじょううん ( takahashi-jouun )
???? 〜 1586


高橋紹雲 年表



高橋紹雲。豊後国、吉弘鑑理の二男、吉弘鎮理。兄に吉弘鎮信。 文武両道の武将。子は立花宗茂立花直次
高橋紹雲は大友宗麟に仕え、1567年高橋鑑種毛利氏に通じると、 立花道雪の指揮する軍に父や兄と共に従軍して活躍。 鑑種を追放すると主命により家督を継いで高橋鎮種と名乗り、宝満城と岩屋城を任される。
それからは道雪を補佐して主に筑前国を転戦。 1578年に剃髪して紹雲と号し、日向国侵攻に反対。 耳川の戦いには従軍せず、宗麟が敗れると、 島津氏龍造寺氏による侵攻をうけるが、 高橋紹雲は道雪と共に筑前国の反抗勢力を鎮圧。 1584年には筑後国への鎮圧に向かい転戦するが、 1585年道雪が病没。 さらに留守中の宝満城を筑紫広門に奪われてしまい撤退。 高橋紹雲は広門を破り和議を結んで宝満城を奪回するが、1586年島津氏による侵攻が始まり、大軍を相手に岩屋城にて抗戦。 紹雲と共に全員討死する。

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