高山重友

たかやましげとも ( takayama-shigetomo )
1552 〜 1615


高山重友 年表



高山重友。右近で有名。父は大和国沢城主の友照
1563年、父がキリスト教に感銘を受けて洗礼。 翌1564年、父の薦めで家族らと共に洗礼。ジュストの名を授かる。
1568年足利義昭が上洛して第十五代将軍に就任すると、 和田惟政の下に組み込まれるが、1571年池田氏との戦いで惟政が討死。 惟政の子の和田惟長が継ぐが、 1573年、暗殺されそうになり惟長を追放。高槻城主となる。
1578年荒木村重織田信長に反旗を翻すと、 高山重友は妹と長子を人質に送り反乱鎮圧を目論むが失敗。 信長は高山重友の説得にオルガンティーノを派遣。 父は村重に従うが、高山重友は信長に降り、 戦後、高槻城主のまま四万石に加増される。
1582年信長が没すると、 羽柴秀吉の下へ駆けつけて明智光秀と対陣。 山崎の戦いで高山重友は先鋒を務めてのち、四千石を加増。 1583年賤ヶ岳の戦い1584年小牧、長久手の戦い1585年四国征伐など各地を転戦。 播磨国明石城六万石に加封されるが、1587年のバテレン追放令に従わず改易。 高山重友は小西行長を頼りのち、加賀国の前田利家に招かれて仕える。
しかし1614年徳川家康がキリシタンの国外追放令を発すると、 高山重友は妻子や内藤如安らと共にマニラに追放されてしまう。
高山重友の布教活動は蒲生氏郷黒田官兵衛をキリシタンにし、 細川忠興前田利家など多くの大名に影響を与える。

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