武田信豊

たけだのぶとよ ( takeda-nobutoyo )
???? 〜 1582


武田信豊 年表



武田信豊。典厩。父の信繁も典厩と呼ばれることから後典厩とも。
1561年第四次川中島の戦いにて父が討死してしまい、跡を継ぎ、 父の兄で当主の信玄に仕えて親族衆となる。
1567年信玄の嫡男、 義信が謀反を疑われて廃嫡、自害させられると、生島足島神社に起請文を捧げて忠誠を誓う。
それからは次期当主の勝頼を補佐するが、 1575年長篠の戦いでは劣勢となると早々に退却。 1582年木曾義昌織田信長に通じると、 武田信豊は義昌討伐の大将として派兵されるが敗退。 信濃国小諸城に逃れるが、城代の下曽根氏に背かれて自害する。

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