豊臣秀長

とよとみひでなが ( toyotomi-hidenaga )
1540 〜 1591


豊臣秀長 年表



豊臣秀長。尾張国愛知郡中村の生まれ。秀吉の弟。
兄に仕えて各地を転戦。1577年からの中国攻めにも従軍。 1580年に但馬国出石城主に任じられ、 1581年鳥取城攻め1582年備中高松城攻めにも従軍。同年本能寺の変にて織田信長が没すると、 兄らと共に京へ戻り、明智光秀との山崎の戦いに参陣。 1583年賤ヶ岳の戦いにも参陣する。
播磨、但馬の国を与えられて姫路城に居住し、 1585年紀州征伐では副将に任じられて功をあげ、 戦後、紀伊、和泉の国などを与えられ、 四国征伐では病気の秀吉の代わりに総大将に任じられ、 大功をたてて大和国を加増。郡山城主となり百万石を領し、政治手腕は特に優れ、領内を統治。
1587年九州征伐では日向国方面を担当。 功をあげるが、次第に病が悪化。1591年、豊臣秀長は病死してしまう。
豊臣秀長は兄を良く補佐し、時には異を唱えて調整。 秀長が存命なら豊臣家は滅びなかったと言われる。

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