宇多頼忠

うだよりただ ( uda-yoritada )
???? 〜 1600


宇多頼忠 年表



宇多頼忠。父は尾藤重吉。次兄に尾藤知宣。信濃国が本拠。
1548年、 信濃守護の小笠原長時武田信玄に敗れて没落すると、 本拠を遠江国に移す。1560年桶狭間の戦いにて今川義元が討死すると一族は尾張国に移るが、 頼忠は今川氏に仕え、 信玄の駿河侵攻により武田氏に仕える。 この時期に娘を真田昌幸に嫁がせる。
1575年長篠の戦いが起こり武田氏が敗れると、 羽柴秀吉に仕えている知宣を頼り、 羽柴秀長に仕え、のちに一万三千石を賜り、 娘を石田三成に嫁がせる。 失態続きの知宣1590年小田原征伐で処罰されると宇多と姓を改め三成の下に逃れ、 1600年関ヶ原の戦いで宇多頼忠は、 三成の居城、近江国佐和山城を守るが、 小早川秀秋の軍勢に攻撃され、同年九月十七日に落城。 宇多頼忠は三成の一族らと共に自害する。

他の戦国武将歴史年表を探す

宇多頼忠 グッズ

宇多頼忠 グッズ

宇多頼忠