上田重安

うえだしげやす ( ueda-shigeyasu )
1563 〜 1650


上田重安 年表



上田重安。尾張国の出身で、丹羽長秀に仕える重元の子。 重安は上田宗箇流と呼ばれる茶道の流祖であり、造園家として有名であるが、 数々の武功をあげ、武勇にも優れてたと言われている。
元服すると丹羽氏に仕えて各地を転戦。1585年長秀の子の長重が減封されると、 豊臣秀吉の家臣となり越前国に一万石を賜る。 それからの上田重安は1587年九州征伐や、 1590年小田原の役1592年文禄の役に従軍して功を重ね、 1594年豊臣姓を賜る。
1600年関ヶ原の戦いで上田重安は西軍に属した為、戦後に所領を没収され、剃髪。 宗箇と名乗り阿波国を治める蜂須賀家政の客将として、徳島城に庭園を造る。 その後、紀州藩主の浅野幸長に仕えて一万石を賜り粉河寺庭園などを作る。 また大坂の両陣に出陣して武功をあげている。
1619年浅野氏の広島藩への移封に従い加増され、 嫡男は将軍家直臣となり、家督を二男に継がせて隠居。 以後は茶道や造園の余生を送る。
ちなみに上田重安は茶道を若いときに千利休。 その後は古田織部の門弟となり学んでいる。

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