上杉憲政

うえすぎのりまさ ( uesugi-norimasa )
1523 〜 1579


上杉憲政 年表



上杉憲政。父は憲房
1525年に父が亡くなると幼少であるが為、 古河公方足利高基の子で養子となっている憲寛が当主となるが、 1531年憲寛が家臣に追放されて当主となり、憲政が関東管領となる。
上杉憲政は1541年、信濃国の海野棟綱を救援。 1545年、扇谷家の朝定と和議を結び、 古河公方を加えて扇谷家主導の下、 北条綱成の守る河越城を包囲するが、 1546年今川氏との争いから帰った北条氏康の夜襲に敗れ、憲政は上野国平井城に逃れる。 1547年、信濃国の村上義清に援兵を送るが、 武田軍に敗れ、次第に家臣が北条氏に従うようになる。
1552年北条氏の脅威に抗うことが出来ず、平井城から逃れ、 越後国の長尾景虎(上杉謙信)を頼る。 景虎を養子とした憲政は1560年、奉じられて関東に進出。 1561年小田原城に迫ると氏康に籠城させるが、落とすことは出来なかった。
1578年謙信が亡くなると、 後継者争いの御舘の乱が勃発。 上杉憲政は北条氏の養子、 上杉景虎の子の道満丸と共に和議交渉の為、 上杉景勝の下へ向かうところを景勝の家臣に討たれてしまう。

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