上杉定実

うえすぎさだざね ( uesugi-sadazane )
???? 〜 1550


上杉定実 年表



上杉定実。父は上条房実。一族で分家。
定実は1503年、越後守護の上杉房能の娘を娶り養子となる。 房能は国人衆の特権を制約する政策を行っており、 1507年、 越後守護代の長尾為景に担がれて房能を自害させると、 上杉定実は1508年に越後守護に就任するが、 房能の兄で関東管領の顕定に上野国から侵攻され、越中国に逃れる。
しかし顕定は越後国を掌握できず、 次第に勢力を回復した為景らは1510年顕定を敗死させるが、傀儡であることに不満を持ち、1513年宇佐美氏の親子や上条定憲らと共に為景に対抗するが敗れてしまう。
しかし1536年定憲為景を隠居に追い込み、 為景の子の晴景が跡を継ぐと多少権威が回復する。 跡継ぎのいない上杉定実は陸奥国は伊達実元を養子にしようとするが、 それが原因で1542年天文の乱が発生してしまい中止。 1548年晴景景虎 (上杉謙信)の兄弟間で争いが勃発するとこれを和解させ、 景虎に長尾家を継がせるが、 定実は1550年に病没。これにより断絶してしまう。

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