宇都宮鎮房

うつのみやしげふさ ( utsunomiya-shigehusa )
1536 〜 1588


宇都宮鎮房 年表



宇都宮鎮房。下野国の宇都宮氏の分流。城井鎮房とも。豊前国城井氏十六代目。 父は宇都宮長房。宇都宮鎮房は武勇に優れた勇将で、 大友義鎮(宗麟)の妹を妻に迎える。
父は本領の政務を行わず、下野国の宇都宮氏の内紛に介入。 そのため、宇都宮鎮房は早くから家督を譲られ、領国経営に務める。 はじめ大内義隆に従うが、 義隆陶晴賢の謀反により亡くなると独立。 1556年、豊後国の義鎮の豊前国進出により従う。
1578年、 日向国にて大友氏島津氏が争う。 耳川の戦いと呼ばれるこの戦いで大友氏が敗れて衰退すると、 毛利氏島津氏と結び、鎮房は巧みな外交で勢力を維持。 1586年豊臣秀吉九州征伐にてはじめは動かずにいたが、 1587年、 鎮房は病気と称して子の朝房秀吉軍に従軍させる。
戦後、秀吉から伊予国への移封を命ぜられるが拒否。 毛利勝信の進言で一度出てから復帰を願い出るが叶わず、 黒田官兵衛黒田長政の親子に豊前六郡が与えられてしまう。 同年十月、肥後一揆が発生。 官兵衛の出陣の留守を狙い、居城、城井谷城を奪回して謀反。 戦を有利に進めるが次第に包囲され、本領安堵と娘の鶴姫を人質に出して和議を結ぶが、 1588年官兵衛の一計で長政に中津城に呼ばれ、 宇都宮鎮房は宴席で殺されてしまう。

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