上井覚兼

うわいかくけん ( uwai-kakuken )
1545 〜 1589


上井覚兼 年表



上井覚兼。本姓は諏訪氏で、祖父の為秋の代に改姓。 父は薫兼。薩摩国の島津貴久に仕える。
1559年に元服すると、日向国や大隈国への侵攻戦で活躍。 1571年貴久が亡くなると、 子の義久に仕え、1573年、父から家督を譲られる。 1576年からは老中を務め、日向国侵攻を担う。 1578年耳川の戦いにも従軍し、 1580年に日向国宮崎地頭として宮崎城に入る。
その後も肥前国、肥後国、豊後国など各地を転戦するが、1587年豊臣秀吉九州征伐の軍勢が迫ると、 島津家久に従い豊臣秀長の軍勢と争うが敗れ、 家久と共に降伏。その後は薩摩国日置郡伊集院に隠棲する。
上井覚兼は教養にも優れ、 著書の「上井覚兼日記」「伊勢守心得書」は、 当時の生活を知る貴重な史料となっている。

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