山中長俊

やまなかながとし ( yamanaka-nagatoshi )
1547 〜 1607


山中長俊 年表



山中長俊。父は為俊。 代々、近江国の佐々木氏に仕え、 山中長俊も六角義賢に仕える。
1568年義賢と共に 織田信長足利義昭の上洛軍に抗うが敗れ、 1574年信長の家臣の柴田勝家に仕え、 三千石与えられ家老となる。
1583年柴田氏滅亡後は、 丹羽長秀に仕えるが、 長秀の死後に内争があり、堀秀政に寄食。 1585年からは羽柴秀吉に召しだされ、 右筆(代筆)を勤める。 それからは1590年小田原征伐などにも従軍し、 1592年文禄の役では肥前名護屋城に在陣。 1595年には知行が一万石となり大名となる。 また、秀吉の命で
『中古日本治乱記』
を執筆している。
1600年関ヶ原の戦いでは西軍に属した為、 改易となり京都に住むが、1607年十二月二十四日に亡くなってしまう。

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