山崎長徳

やまざきながのり ( yamazaki-naganori )
1552 〜 1620


山崎長徳 年表



山崎長徳。父は吉家の弟の吉延と言われる。 はじめ越前国の朝倉義景に仕える。
1573年朝倉氏が滅びると、 長徳は織田信長の家臣、明智光秀に仕え、 1582年本能寺の変二条御所を攻撃し、 山崎の戦いにも加わる。
光秀が滅亡すると柴田勝家に仕え、 1583年賤ヶ岳の戦いでは、 佐久間安政のもとで戦う。 しかし勝家が亡くなると、 長徳は前田利家利長に仕え、 1600年関ヶ原の戦いで西軍の山口正弘修広の父子が籠城する大聖寺城を攻撃して討ち取ったことから、 長徳は戦後、加増されて一万四千石の所領を得る。 また、大坂の冬夏の陣の双方にも出陣するが、 1620年十一月に亡くなってしまう。

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