屋代秀正

やしろひでまさ ( yashiro-hidemasa )
1558 〜 1623


屋代秀正 年表



屋代秀正。父は屋代正国の弟の室賀満正。勝永とも。
1575年長篠の戦いで、 正国の子の正長が討死したことにより、 秀正は正国の養子となり、家督を継ぎ武田勝頼に仕える。 1582年武田氏が滅ぶと、 上杉景勝に仕え、海津城代の村上国清の副将扱いを受けるが、 村上氏の没落は、養父の正国の離反が一端でもあるので、 秀正と国清の関係は良くなく、 1584年徳川家康に通じ、 荒砥城に篭るが、上杉勢に攻められ逃亡。
それからの秀正は徳川氏の下で1615年大坂の冬、夏の両陣で旗奉行を務め、 1622年徳川秀忠の子の忠長付となり、 信濃国小諸城主となり、一万石を領すが、 翌1623年に亡くなってしまう。
その後、子孫は明治の世で徳川慶喜と共に静岡に移り住んだと言われている。

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