吉弘鑑理

よしひろあきただ ( yoshihiro-akitada )
???? 〜 1571


吉弘鑑理 年表



吉弘鑑理。父は大友家臣吉弘氏直高橋紹雲の父。
吉弘鑑理は1534年大内義隆が 家臣陶興房らを派兵した勢場ヶ原の戦いで、 父と共に戦うものの父氏直が戦死。 1550年には「二階崩れの変」で大友家が混乱するものの、 二十一代大友宗麟により治まり、 吉弘鑑理は1556年小原鑑元の謀反、 翌1557年の反大友勢力の秋月文種を討伐し、 この頃から大友宗麟の加判衆となり、 吉岡長増臼杵鑑速とともに三老として活躍。
その後は対毛利氏として各地を転戦しながら、 1567年毛利氏に呼応した高橋鑑種らの謀反を鎮圧し、 1569年毛利氏小早川隆景の軍勢を破る。
また、宗麟の命により二男孫七郎が高橋鑑種の旧領を継ぎ鎮種 (のちの高橋紹雲)となり、 1569年に宝満、岩屋城主となるが、 1571年に吉弘鑑理は亡くなってしまう。

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